2007年12月30日 (日) | 編集 |
愛猫のミーちゃんがいなくなって3日。
家に帰っても空気がひんやりと冷たい。覚悟はしていたけど、さみしさは想像以上。
小さな生き物だったけど、その存在は限りなく大きく、いつも家の中心にいて空気を暖めていてくれたんだなぁとしみじみ思い知る。
お互い言葉は通じなくても、それでもいつもたくさんのおしゃべりをしていて不思議に会話が成り立っていたから、今はそんな一番の話し相手がいなくなってしまって困った、困った。
ここ2ヶ月つらい日々が続いた。
10月下旬ころからどことなく少し体調悪そうな感じはしていた。
あれほど楽しみだった食事、11月に入ってぷっつりと食べなくなってしまい、医者通いが始まった。車に乗ったりと、かなりのストレスだったのに、ミーちゃんはよく我慢してくれたな。
しばらくは寝たきり状態になってしまったが、それでも医学の力で一時は持ち直す。少し食べられるようになり、再び自力で歩けるようになった。もしかしたらまた元気な元のミーちゃんに大復活してくれるかもと期待していたが。。。。
やっぱりもう体力の限界だった。12月中旬頃から、再び食べなくなってしまった。そのとたん、更にどんどん体調が悪化していった。
最後の2日間は心肺機能が弱っていたので、痙攣発作を1〜2時間置きに繰り返しそのたびに呼吸が小さくなって、ついに12月27日早朝の大きな発作には耐えられる力は残っていなかった。苦しそうにしながら息絶えてしまった。
私もダンナもただそばで見守ってやるしか術がなく、ミーちゃんも苦しいが私達も相当に苦しかった。
性格の穏やかなのんびりした猫ちゃんで、めったに爪を立てることもなかったし、私達に迷惑をかけることもなく、いつも控え目で、本当にいい猫だったのに、「最後にこの苦しい仕打ちはないだろう! ミーちゃんは何も悪いことをしていないのに!」と思わず神を呪ってしまった。
それでも苦しみから解放されたミーちゃんの顔はとても穏やか。きれいな顔をしていた。ようやくゆっくり眠れる安心感が漂っていた。食べることも大好きだったけど、寝ることも大好き。なにしろネコのお仕事は眠る事だものね。
ミーちゃんが毎日暮したリビングからよく見えるところに小さなお墓を作って、今も毎日見守れるようにした。
しかし、残された私達は日々、楽しかった思い出よりも、最後の日々を思い出し自責の念でいっぱいになる。あの延命治療はかえってミーちゃんの負担になってしまったのではないか、とか、もっとああすればよかった、あの時こうすればよかった、苦しい最中に無理して食べさせようと口に食べ物を押し込んで悪かった、もしかしたらあのお薬が強すぎて発作の原因になったんじゃないのか、等等、後悔してもしきれない。
でも23歳といえば人間でいうと110歳くらいとのこと。
「老衰で天寿を全うした」ということで一応世間的にはおめでたいことなのかもしれない。と自分を納得させるしかない。納得するのはまだちょっと困難だけど。
長い年月、我が家の大切な家族でいてくれてありがとう。それにしても淋しいな。

家に帰っても空気がひんやりと冷たい。覚悟はしていたけど、さみしさは想像以上。
小さな生き物だったけど、その存在は限りなく大きく、いつも家の中心にいて空気を暖めていてくれたんだなぁとしみじみ思い知る。
お互い言葉は通じなくても、それでもいつもたくさんのおしゃべりをしていて不思議に会話が成り立っていたから、今はそんな一番の話し相手がいなくなってしまって困った、困った。
ここ2ヶ月つらい日々が続いた。
10月下旬ころからどことなく少し体調悪そうな感じはしていた。
あれほど楽しみだった食事、11月に入ってぷっつりと食べなくなってしまい、医者通いが始まった。車に乗ったりと、かなりのストレスだったのに、ミーちゃんはよく我慢してくれたな。
しばらくは寝たきり状態になってしまったが、それでも医学の力で一時は持ち直す。少し食べられるようになり、再び自力で歩けるようになった。もしかしたらまた元気な元のミーちゃんに大復活してくれるかもと期待していたが。。。。
やっぱりもう体力の限界だった。12月中旬頃から、再び食べなくなってしまった。そのとたん、更にどんどん体調が悪化していった。
最後の2日間は心肺機能が弱っていたので、痙攣発作を1〜2時間置きに繰り返しそのたびに呼吸が小さくなって、ついに12月27日早朝の大きな発作には耐えられる力は残っていなかった。苦しそうにしながら息絶えてしまった。
私もダンナもただそばで見守ってやるしか術がなく、ミーちゃんも苦しいが私達も相当に苦しかった。
性格の穏やかなのんびりした猫ちゃんで、めったに爪を立てることもなかったし、私達に迷惑をかけることもなく、いつも控え目で、本当にいい猫だったのに、「最後にこの苦しい仕打ちはないだろう! ミーちゃんは何も悪いことをしていないのに!」と思わず神を呪ってしまった。
それでも苦しみから解放されたミーちゃんの顔はとても穏やか。きれいな顔をしていた。ようやくゆっくり眠れる安心感が漂っていた。食べることも大好きだったけど、寝ることも大好き。なにしろネコのお仕事は眠る事だものね。
ミーちゃんが毎日暮したリビングからよく見えるところに小さなお墓を作って、今も毎日見守れるようにした。
しかし、残された私達は日々、楽しかった思い出よりも、最後の日々を思い出し自責の念でいっぱいになる。あの延命治療はかえってミーちゃんの負担になってしまったのではないか、とか、もっとああすればよかった、あの時こうすればよかった、苦しい最中に無理して食べさせようと口に食べ物を押し込んで悪かった、もしかしたらあのお薬が強すぎて発作の原因になったんじゃないのか、等等、後悔してもしきれない。
でも23歳といえば人間でいうと110歳くらいとのこと。
「老衰で天寿を全うした」ということで一応世間的にはおめでたいことなのかもしれない。と自分を納得させるしかない。納得するのはまだちょっと困難だけど。
長い年月、我が家の大切な家族でいてくれてありがとう。それにしても淋しいな。
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